世界の卵料理 Vol.3  鶏声86号より

2011年11月05日(土) 鶏声編集委員 増田

世界の卵料理

Vol. 3

 

北海道 クロス理恵

 

今回はお隣中国編です。レシピを探してみるといろいろお手軽に作れる卵料理がいっぱいですね。皆さんがご存知のものも沢山あると思いますが、ここでは簡単に作れるものを紹介したいと思います。

 

卵とコーンのスープ (粟米湯)

 

【材料】

1.  水                                       5カップ

2.   鶏ガラスープのもと      大さじ2

3.   クリームコーン缶        200グラム

4.  片栗粉                                 大さじ2

5.  水                                       大さじ2

6.  卵                                       2個

7.  コショウ                              お好みで

 

【作り方】

1. 水5カップにスープのもとを入れて沸騰させます. 沸騰したらコーン缶を入れます。

2. 片栗粉を水で溶いて、スープにとろみをつけます。

3. 卵をよくといて、煮立たせたスープにいれます。すぐにはかき混ぜないで少し待ってから混ぜます。

4. お好みで仕上げにこしょうをかけて完成です。

卵がたくさん入っているのが好きな方はもう1個入れてもいいと思います。仕上げの際にごま油、ネギなどを入れてもいいですね。

 

トマトと卵の炒め物 (西柿炒

 

【材料】

1.卵               2個

2.牛乳                        大さじ1

3.塩               ひとつまみ

4.サラダ油      大さじ1

5.トマト       2個

6.ニンニク      少々

7.サラダ油      大さじ1

塩、コショウ      適量

 

【作り方】

1.       卵を割り、牛乳と塩を加えて良くかき混ぜます。

2.       お湯を沸かし、トマトを5秒ほど入れたら冷水に取り、皮をむきます。(湯むき)

3.       トマトを一口大に切ります。

4.       熱したフライパンにサラダ油(大さじ1)を入れ、煙が出たら強火に して卵を一気に入れ、かき混ぜながら焦     げないようにふんわりと焼き、    一旦ボウルに取り出します。

5.       再び熱したフライパンにつぶしたニンニクとサラダ油(大さじ1)を入れ、強火でトマトを炒めます。

6.       塩、こしょうで味付けをして、(4)の卵を戻し、軽くかき混ぜながら炒めます。

出来上がったものに刻んだねぎなどをかければ彩りもいいですね。

 

卵の烏龍茶煮 (茶葉蛋)

 

【材料】

1.        卵                        4個

2.        烏龍茶葉   大さじ2

3.        塩                        小さじ1

4.        醤油                     小さじ1

5.        八角                     1つ

 

 

【作り方】

1.         ゆで卵を作ります。 少しさめたら、殻にひびをたくさん入れる。

2.         卵を鍋に入れて、かぶるくらいの水、ウーロン茶葉、塩、醤油、八角 を入れて火をかけます。

3.         沸騰したら弱火にして、20−30分煮ます。

4.         火を止めて、1晩煮汁の中につけておきます。

5.         翌日にもう一度火にかけ煮込みます。煮汁をこして、食べる時まで、そこに卵をつけておきます。

6.         食べる時に殻を剥くと、卵の表面にはきれいな大理石模様がついています。

 

3日くらいつけておくのがいいようです。それから、ウーロン茶葉がなければ、紅茶や緑茶でも作れます。味のきめては八角のようです。時間のある方は、落としぶたをして、半日以上弱火でことこと煮るとさらに味がしみておいしいですよ。

 

 

 

回头见! それではまた!

 

 



北海道夏の交流会&総会報告

2011年11月05日(土) HP運営委員 新藤

北海道夏の交流会&総会報告

古平町 瀧野友和

7月23日24日にかけて北海道自然養鶏会の総会を行いました。

場所は千歳市の隣、早来町鶴の湯温泉です。

今回は、(株)後藤孵卵場、技術普及部の木村さんに来てもらいました。

参加者すべてが来る前に、予定通り16:00~木村さん持参の資料を基に説明が始まりました。資料の補足説明や、参加者からの質問に丁寧に答えていただいたので、あっという間に時間が来てしまいました。とても興味深い話だったので、続きは宴会の時ということで、まずは終了。木村さんお疲れ様でした。

会員が直接話し合える機会は貴重です。休憩をはさんで総会の議題について話し合い。限られた時間の中でよい議論ができました。

この温泉は、宿泊者に対しても入浴時間が夜の9時まで、朝は7時からという温泉宿にあるまじき時間制限があり、(参加者の皆さんすみません、よく調べずにこの温泉に決めてしまいました)あわてて温泉に入り7時から宴会。今回は乾杯してからすぐ、木村さんの講習が再開されました。珍しくまじめな雰囲気で宴会が始まりました。

24日快晴。8;00に集合写真を撮り移動をして早来町追分の小路さんの農場見学。養鶏会の会員ではありませんが快く見学を受け入れてくれました。見学会はすべて、鶏舎を見て、餌の配合の話を聞き、農場を回るという流れで行いました。ビニールハウスで約800羽の成鶏、水田を含む3町以上の有機農場を案内してくれました。家族経営でこの規模に驚きました。


次の場所は同じく早来町追分の上田さんの農場。船舶用コンテナに1年分の小麦を貯蔵していました。天井に蓋がありそこから小麦が入れられ、側面下部の小さな開閉口から必要量の小麦を取り出せるようになっていました。みな興味深そうに見ていました。農場は、クローバーマルチや、不耕起や、踏み込み温床など、上田さんのこだわりがうかがいました。配達の日で忙しい中案内をしていただき、メロンや、自家種のトマトを出してくれました。美味しかったです。

 

上田さんは北海道養鶏会の副会長を引き受けていただきました。忙しいでしょうが宜しくお願いします。


最後の見学地は車で30分ほど離れた長沼町の村田さんの農場です。

3000羽の大農場です。ビニールハウスの鶏舎がたくさん並んでいます。この辺りは雪が少ないのでビニールハウスの鶏舎で大丈夫だそうです。主に育雛の話をしてもらいました。米糠を発酵させた温床の熱源だけで、電気を使って温度を確保することはほぼないそうです。3週目までにはヒナ用の止まり木に止まらせることでスムーズに育雛をしているそうです。


大農場ながらきれいにしてあってのんびりとした雰囲気です。珍しいチャボや、ガチョウや、クジャクや、ヤギまでいて、犬が放し飼いでその辺をうろうろしていました。


以上でもって24日のお昼頃解散となりました。

毎日ほぼ決まりきった作業の繰り返しで、なんとなくこなしている家の養鶏ですが、総会に参加し、皆さんと直接会話をすることで、自然養鶏に対するかつての、そして新たな気持ちがわいてきます。

農場見学をすると皆さん隠し立てせず話し、質問にはすべてこたえてくれます。各人の養鶏に直接触れることで、我が家の養鶏法の改善点が見えます。ある人が何気なくやっていることでもほかの人にとっては大いに発見だったりします。

今回も改善点を見つけそれを実行するつもりです。

僕にとっては大いに価値ある総会でした。皆さんお疲れ様です。



 



鶏声86号特集から「原発と私」

2011年11月05日(土) 鶏声編集委員 増田

原発と私

獏原人村 風見 正博

原発の事故、当然一生忘れられないことになるだろう。

鶏を飼って生計をたてている者としても一言残しておきたいと思います。

3月11日当日はコジマ電気の二階にいて、最初は、おっ来たな!という感じだったけど、いつもならすぐおさまるはずなのにだんだん強くなる。広いフロアなのですがるところもない、そのうちショーケースあたりから煙があがり始めたのでなんの煙かはわからないけど、これはもしかしたらだめかもしれないと思った。まわりを見回すと女子高生が携帯で写真を撮っている。

とにかく玉子の配達を終わらせて早く帰ろう、そう思っていつも通る国道399は絶対崖崩れで通れないだろうから遠回りでも国道6号で帰ろうっとおもったのが誤算で後からわかったことだけど399は大丈夫だった。6号は海沿いのあたりでやっぱりあとからわかったことだけど津波でやられていて不通で、ちょっと内陸の山麓線でかえるが逆にこちらは道路の陥没があちこちあって大渋滞。

車のなかでラジオを聞いていると、第一原発の電源がすべて喪失して今、電源車が東京から出発したという。なに!いまから東京出発ではいくら早くても何時間かかかる、間に合わない!終わりだ!

早く帰るはずが遅くなって帰ると、となりの愛ちゃん一家はこれから避難するという。もしかして一生帰れないかもしれないので大事なものを車に積むのにもまだ寒い夜ではむりだ、原発から25Kmくらいは離れてるので最悪でも朝まではもつだろうと判断して、その日はやすむ。R-DANと言うガンマ線検知器をチェルノブイリの事故直後にこんなこともあろうかと購入していたので、その後この検知器が命綱の役割をはたしてくれた。この時点では値の異常はない。ギター、パソコン、ガスコンロ、着替えその他大事そうなものをバネットバンに積み込んで、といっても意外と満載にはならなかった。その日は同じ県内の三春の友人宅に、テレビで一号炉の爆発をみてこれはいよいよだめだな、と判断して最後の餌かも知れないと自宅に餌やりに一旦帰る。餌箱に入るだけ餌をやる、水は沢水を流しっぱなしにしているので詰まったりしなければ餌が切れても水さえあれば10日くらいは生きているはずだ、この時点ではまだ線量は上がっていない。がんばって生き延びてくれと祈りながら今度は女房の実家の茨城県の坂東市に心配して駆けつけてくれていた息子と三人で向かう。

その後相次ぐ爆発で線量は坂東市でもふだんの6倍くらいに上がる。このR-DANという検知器はガンマ線をカウントしてるだけで一分間で計測されたガンマ線の数をcpmで表示しています、シーベルトはガンマ線やベータ線を人体に影響をあたえる度合いに変換したものです。その後シーベルト表示されるのも買ったのですが、とりあえずcpm表示で書きます。

普段の通常値は17〜20くらいでたまに30になることもあるくらいです。爆発の後坂東市で120くらいになったのでおどろきました。

とにかく気になってるのは鶏のことばかり。東電で原子炉の設計にかかわっていた友人がいるので、電話して相談すると炉は岩盤の上にあるので水蒸気爆発はないだろうと言う。みんなに帰るなと言われていたし、毎日じりじりしていたが、19日に餌やりに帰る決断をする。俺一人で帰るつもりだったけど、俺ひとりでは何無茶するかわかないからと妻と息子(成人している)も一緒に帰ると言う。東北自動車道はまだ交通止めだったけど事情を話したら通してくてた。

通るのは自衛隊、タンクローリー、関西ナンバーの大型トラック、消防車、災害支援車くらいでまるっきりすいている。坂東市は平常値の20cpmくらいだったけど那須でなんと200(cpmは省略します)えーっ、さらに郡山あたりで400、ここでこんなにたかくては獏(自宅の通称)ではどうなちゃうんだ!ところが磐越道に乗り換えて小野で下りるとなんと60くらい、えっ、ちょっと喜んでさらにすすんで荻というところあたりからまた上昇、いよいよだな!緊張感がはしる。川内村に入る峠ではついに1000!それまでは後部座席の妻に値を言ってノートにつけてもらっていたけど言えなくて無言でマスクをした。妻のほうも何も言わない。ここでこんなに高いんでは獏には帰れないかもしれない、そのときは標高の高いところは線量も高いとか知らなかった。

ところが獏に帰ってみると200くらい。もちろん高いんだけど途中に非常に高い所を体験しているので少し安心。妻には家の中で必要なものをだしてもらい、俺と息子でまたまた入るだけ餌をやる。鶏は腹はすかせていたけどやたら元気、一羽も死んでない。卵は残念だけどすべて廃棄。しかたない。自家用に少し持ち帰る。その間誰にも会わない、SFの世界。留守の友人宅をまわって軽油や灯油をもらう、ジーゼル車はいざというとき灯油でも走るので燃料不足にはあまりこまらなかった。帰りは常磐道で帰る。いわき市の小川というところまで下山してようやく昼飯を食べた。

その後3・4日に一回くらい餌やりに帰った。高速で片道約4時間。

ヨウ素は消えて線量も下がってきたので4月9日に一応獏に戻る。

卵は半断食状態だったので全然産んでない。無収入状態。約一ヶ月休んでいたのですが、幸い養鶏会のほうから支援卵が届く、当初気が引けたがありがたく他人の卵をもらい販売、もちろん熊本の玉子です!と言って買ってもらいました。3・4回送ってもらいました。ありがとう!

津波の被害や原発のせいで引っ越してしまった人、放射能を心配してやめてしまったお客さんもいたけど、買ってくれる人も多く意外だった、でもそれはまだ放射能の知識があまりなかったからみたいで、じょじょにやめていく人が増えていく。ただ逆に支援というか、新しいお客もできてきた。

今までいわき市の個人宅に配達がほとんどだったけど、遠方からの注文もきたりしてそれなりに売れる。東京方面のお客さんが自主的に横浜の同位体研究所でうちの卵を検査にだしてくれて10ベクレル以下というお墨付きをもらい、それいらい一応安心して販売してます。それまでいわゆる放し飼いで午後2時の餌やりのあとは小屋の戸を開けて自由に野山に放していたのですが、あれいらいずっと小屋の中です。

餌は室内に保管してあるし、水も検査してもらったけど不検出だったので卵には出ないとおもってはいたけど、実際に検査で10ベクレル以下ということで安心しました。青草はスーパーでキャベツの外葉などをもらう。

ところがいったん30Km内というレッテルを貼られてしまうと、検査で出ないとかなんとか言っても無駄でお客さんと議論や喧嘩をするわけにもいかないので、不安だから止めますといわれればそれまでです。結局今までの半分くらいに減ってしまったけど、考えてみればそれでも買ってくれる人がいるのはありがたいことだな、とつくづく思います。

やっぱり長年の信頼関係がものをいうのかな?とか思ってます。

小型のパワーショベルを持っているので少しづつ土を取って徐染をしてます。一年くらいやれば一応農場(4町歩)ほとんど全部徐染できるかな?と思ってます。出た土は宅地造成してます、希望者にはお譲りしますよ?

 

収入は半分以下になってしまったけど、税金など免除になったり、ソーラー発電に切り替えたりしたので光熱費も減ったりで生活はあまり変わりません、お客さんが減ったのでそのぶん配達が少し楽になったりしました。喜んでる場合ではないのですが。

獏というところには35年前に入植して養鶏は25年くらいやってきました。

電気もガスも水道も電話も道も近所もなにもない山奥で、だからこそ良い環境が残っていてそれが好きですべてをかけて自給自足をめざして開拓してきました。3人の子育てもしました。自分にとってはここ以上のところは絶対にないです、機関銃で脅かされるかしないかぎりは去るつもりはありません。

そんなところを東電に犯されてしまった、あのころ山桜も満開に、しかし放射能で汚染されてしまったという思いがその美しさを楽しめなくなってしまった。東京電力に心まで奪われてしまったのか!

東電にこころまで奪われてたまるか!

なんとしても自分自身のこころをよみがえらせなくては。

山のイノシシやカラスはどうだ、いつもと同じじゃないか、なにも気にやんでなんかいない。もちろん知らないからだけど、だったら俺も身を守るための知識としてだけ知って、こころまで届けなければいいんじゃないのか?自然に責任があるわけじゃなし。そんな器用なことできるのか?

そんなこと考えてるうちに、不思議に美しが少しずつもどってきた。

最初汚染されてしまった、という感覚だったけど、毎年獏で8月の満月にやる満月祭のセレモニーの挨拶のときに、ふと汚染されたという感覚から汚染してしまって申し訳ないという感覚に変わった。

東電の責任、政府の責任から、同じ人類である兄弟のあやまちに共に責任を感じた。

あやまちはまだまだ繰り返されることだろうとは思うけど、そのことを自覚し地球と共に生きていこうと誓った。

 

現在の獏原人村の放射線量です。

室内0.35μSv/h

屋外0.6μSv/h

徐染屋外0.4μSv/h

 

除染の為に植えたヒマワリですが効果の期待は・・・?

しかしヒマワリは希望のシンボルになっていると思います。

2011年9月16日

 



関東交流会報告(鶏声85号より)

2011年06月04日(土) 鶏声編集委員 増田

関東交流会報告

千葉県 西村和彦

2011.02.26-27千葉県長柄町 都市農村交流センター・ログハウス

いつも次に開催するのはどこにするかで悩むのですが、今回は加藤晟次さんから「私のところで」と申し出があって監事も引き受けて貰ったので大変助かりました。そして今までにない場所での開催となりました。

今回のメインは加藤さんが取り組んでいる井戸掘りでした。

千葉県の上総地方に昔から伝わる伝統的な「上総堀り」を、動力を使って現代風にアレンジした方法で加藤さんが井戸掘りをしています。定年後に埼玉県の春日部市から千葉県の長柄町に入植して卵や栗を近くの道の駅などにて販売し、近く奥さんも長柄に住まいを移すので家造りと併せて井戸を掘り始めました。海抜80m程あるので、井戸掘りの目標も80~100mとのことでした。

昨年10月に兵庫から清水さんの参加がありましたが、今回は滋賀県から草野さんの参加があり、福島からの芳賀さんの参加もありブロックを超えた交流が活発になった感があります。当日は近くの長柄道の駅に待ち合わせました。

 

参加者は左から千葉県加藤晟次さん、埼玉県長谷川広司さん、茨城県から森睦夫さん、滋賀県から草野さん、茨城県から高田初美さん、千葉県から鈴木茂さん、前列芳賀克彦さん、そして西村和彦。

 

たったこれだけで井戸が掘れるのかとびっくりする見学の皆さん。

 

孟宗竹のしなりをバネにしてビットを上下させて人力だけで穴を掘るのが伝統の上総堀の技術でしたから、現在でも動力が手に入らないアジア、アフリカなどの途上国でNPOなどが井戸掘りに用いている技術ですが、加藤さんは耕耘機の回転を上下の動きに換えてビットを動かして井戸を掘っていました。バネの孟宗竹が無いぶん仕掛けは小さなものになりました。確かに井戸を掘っている場所は千葉県の上総地方ではありますが。複雑。

 

この装置は、加藤さんが見事井戸を彫り上げた後は希望者にお貸しくださるそうです。

実演する加藤さん

 

交流センターに移っていつもながらのバーベキューは芳賀さんが福島県いわき市の小名浜漁港や北茨城の大津魚港から仕入れてきたお魚と、加藤さんの農場からホロホロ鶏、比内鶏、烏骨鶏と盛りだくさんになりました。鶏の捌きは草野さんにお願いしました。切れない包丁で御苦労をおかけしました。

前回に希望が出されたので今回は参加者がアンケート用紙に答えて現況を報告しあったので、話も弾み、ログハウスに移ってからも話は尽きませんでした。

加藤さんの仮住まいは4畳半ほどでしたが、それを見て人間が生きるためのスペースを今更長柄に感じました。贅沢は入らない。灰色の男にささやかれて多くを望んではいけないと今更ながらに思いました。

 

 

 



関西ブロック定例冬季交流会の報告(鶏声85号より)

2011年06月04日(土) 鶏声編集委員 増田

関西ブロック定例冬季交流会の報告

 

さる、2月5日に兵庫県神埼郡福崎町にある温泉施設、文殊荘にて、関西ブロック定例冬季交流会が開かれました。参加者は今年度新入会、奈良県斑鳩町から参加の中村さん、同じく新入会の兵庫県淡路市の岡田さん、福井ラブリー牧場養鶏担当の山本さん、昨夏入会の滋賀県長浜市より草野さん、田中さん、妹尾さん、橋本さん、広岡さん(食事)、今井さん、西林さん、竹内さん、井上さん(高熱による体調不良により、食事会には参加できず、引き継ぎのみ)、清水の13名が集まりました。

早めに文殊荘に着いた組は広岡さんの養鶏場を見学にいったり、お風呂で寛いだり、例年よりも時間的にゆったりした集まりになりました。

いつも、皆が盛り上がる自己紹介と近況報告は、今回の議題が多いこともあり、急ぎ足で各自済ませて、詳しい個々の話は食事後の懇親会に譲り、皆ですき焼きと豚しゃぶをつつきながら、2年に1度の関西ブロック役員改選の議題から入りました。

井上会長から事前にお願いをしていた妹尾さんが次期会長を、清水の方からお願いをしていた西林さんが次期会計を引き受けて頂くという話になり、満場一致の拍手の中で決まりました。また、会長を快く引き受けて頂いた妹尾さんの鶏声編集の仕事の役を、清水が今井さん、妹尾さんの指導の下で勉強しながら引き継いでいくような形を取らせて頂くようにします。どうぞよろしくお願い致します。皆さんのご協力で役員の任を終え、次期の役の方に引き継げるようになって、感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

次の議題として、現在全国事務局の持ち回りが順番の四国が引き受けられそうになくなっている件で、九州の役員の方たちとの話し合いの内容を皆さんに報告させて頂きました。現役員の私たちが意思統一できている内容を要約すれば、関西ブロックとしてはそもそもの事務局持ち回りの意義、皆で決めたことに則り、どうしても引き受けられないブロックが出てきた場合は、次回順のブロックと協議の上、合同で役目を受ける、という原則を九州が主導しながら四国・中国ブロックに話し合いを持ってもらい、今一度各ブロックが自らの責任を全うしてもらえるよう、強く指導していってもらう旨を要望致しました。

今回は初参加の方たちの若いエネルギーに満ちた楽しい話題が多  く、中村さん、岡田さん、山本さんから、養鶏に携わったころの初 心を思い出させてもらえるような、意義ある話題がどんどん出て、 なごやかな懇親会が始まりました。いつもは2~3人の集まりが自 然とできて、話題ごとに皆がかわるがわる移動しながら各自との親 睦を深めるような形式が多かったのですが、今回はいつものメン  バーが新しい刺激を感じたからか、酒も大いにすすみ、深夜になっ ても皆が一堂に大きく円座になって話がはずみました。話題は養鶏 の話に止まらず、農業全般の問題やTPP参加の可否、現民主党政 権のありさまについてまでも皆が活発に意見を交わし、熱を帯びた 意見交換の場になりました。

 

翌日、お土産(田中さんのプリン・卵・ワカメ、ヒグチファームさんからのビール、井上さんのソバ、草野さんの甘酒、妹尾さんのポンカン品種はるみ、買い出しの残りの酒・おつまみ)を皆で分けて、文殊荘前で記念撮影後、用事で帰宅する組のほかは、市原さんのところに農場見学に行く組と寄り道をする組とに別れてお昼前に合流後、たつの市の市原さんの農場を見学させて頂きました。市原さんの農場は風通しが良くて日当りの良い、高台に位置しており、合鴨農法により有機米栽培もやられていて、皆が岡崎オウハンの体格の良さに驚き、興味津々で鶏舎を見学させて頂きました。突然の大人数での見学を受けて頂き、市原さん、市原さんの奥様、どうもありがとうございました。

話はさらに盛り上がり、ここまできたなら…とさらに宍粟市の今井さんの農場までお伺いする組が出現、これも関西養鶏会ならではの仲間意識でしょうか、楽しくかけがえない時間となりました。

中居さんの指導の下、皆で布団敷き
今井さんの食鳥処理場を見学

(文責)清水 呂益



2 / 3123